「評伝 ジャック・プレヴェール」のご紹介

『思い出しておくれ、幸せだった日々を 評伝ジャック・プレヴェール』 『思い出しておくれ、幸せだった日々を 評伝ジャック・プレヴェール』

柏倉康夫

 ジャック・プレヴェールという名前を聞いて、なにを思い浮かべられますか?イヴ・モンタンが歌うシャンソン「枯葉」でしょうか?それともジャン=ルイ・バローやアルレッティが演じた映画『天井桟敷の人びと』でしょうか?
私のプレヴェールとの最初の出会いは詩ではなく映画でした。高校1年生のとき、有楽町の日比谷劇場でみた『天井桟敷の人びと』には、長編小説を読み終えたように心を深く揺さぶられました。当時はVTRもDVDもありませんでしたから、映画をみたければ映画館の暗闇に出かけるしかなかなく、それから都合7回半、『天井桟敷の人びと』をみたものです。半というのは、最後の一回はパリの16区ヴィーニュ通りにある「ラヌラグ劇場」でみて、仕事の都合で前編の「白い男」が終り、幕間になったところで出てきたからです。自宅に近かった「ラヌラグ劇場」は2階にバルコンがあり、19世紀末の俤を残す劇場で、いまもそのままです。
パリでの思い出のもう一つは女優のアルレッティに逢えたことです。特派員だった私はテレビ用に彼女とインタビューをする機会を得ました。晩年のアルレッティは目を悪くしていましたが、あの独特の声はまったく変わっておらず、映画やジャック・プレヴェールについて語ってくれ、別れ際には自伝の本に〈Arletty〉とサインしてくれました。
私たち外国人にとってフランス語が本当に分かると云えるのは、一般庶民が読む新聞「フランス・ソワール」が読めるようになったときだとよく云われます。高級紙「ル・モンド」は読めても、「フランス・ソワール」を読んで理解するには、世間の事情に通じ、アルゴと呼ばれる隠語(スラング)や、言葉の微妙なニュアンスを理解する必要があります。詩集『ことば』(Paroles)――フランス文学史上もっとも売れた詩集です――に収められている詩篇の苦い皮肉や地口を理解するのは、フランス人の習慣や感性や生きざまが分かってはじめて可能です。
フランスで生活するようになって、ようやくプレヴェールの面白さが分かりかけたとき、自分の自由と他人の自由を何より大切にする彼の生き方――本当の意味でのアナキストのそれ――を知りたいと思いました。作品集や楽譜を買い集め、映画館に通い、シャンソンのレコードを聞き、イヴ・モンタンが「オランピア」劇場で開いた最後のリサイタルを聴くこともできました。
そのときから20数年がたって、ようやくプレヴェールの評伝を仕上げることができました。力をつくして書きました。ぜひお読みいただきたいと思います。

(2011.9.30発売 左右社


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